
2026年2月8日、神奈川県・厚木市文化会館。シンガーソングライター上野友輝~TOT WORKS~の音楽活動20周年を記念したワンマンライブ「マイホームタウンラブレター」が開催された。
「人の居場所を証明したい」その想いを胸に、音楽活動にとどまらず、教育や福祉の現場へと歩みを広げながら歌い続けてきた。音楽活動20周年を記念したこの日のライブは、これまでの歩みの現在地をともに確かめ合う場でもあったのかもしれない。
しかし当日の朝、厚木の街は12年ぶりの雪に包まれる。交通機関の遅延や運休、道路状況の悪化も重なり、来場予定だったお客さんやスタッフから、やむを得ず参加を断念せざるをえないという連絡が届く。さまざまな葛藤のなか、それでも「席をあけて待つ」と決めた今回のライブ。
たどり着けなかった人たちの想いも会場に迎え、いよいよ20年の音楽活動を表現するステージの幕が上がった。
今日も、席をあけて待っています。
~上野友輝~TOT WORKS~音楽活動20周年記念ライブ「マイホームタウンラブレター」ライブレポート~

ライブの幕開け:相棒「マッチ」による一人コント
ライブ本編が始まる前、ステージに姿を現したのは、厚木市で「地場産みそしる わんだほ」を営む店主・マッチだ。
上野友輝~TOT WORKS~(以下、トットさん)の相棒として知られるマッチの一人コントは、近年の大型ワンマンではすっかり恒例となっている。

今回披露された一人コントのタイトルは、「もしも今の時代におとぎ話ができたら」。
明転したステージの中央で、なにやら電話をかけはじめる一人の人物。いや、もしかしたら会話の内容からすると、彼は人間ではなく、「オオカミ」なのかもしれない。
「いや、以前出演した赤ずきんちゃんが、いまめちゃめちゃ流行っていてさ……ちょっとぼくの印象が悪くなっちゃってて…」
どこか業界関係者のような口ぶりで始まったその会話は、「赤ずきん」の物語によって広まった“オオカミ=悪者”というイメージへのぼやきだろうか。絵本の中ではおばあさんや赤ずきんをだまし、食べてしまう存在として描かれてきたオオカミ。どうやら、そのイメージが実生活にも影響を及ぼしているらしい。
その後も「三匹の子豚」や「オオカミと七匹の子ヤギ」など、オオカミ役の出演オファーは届くものの、条件面で折り合いがつかず、交渉は難航していく。
「いやいや、今って、フィクションをフィクションとして受け取れない人も多いのでね……」そのひと言には、現代の価値観への風刺もにじむ。
そして最後、オオカミはふと素に戻ったように、こうつぶやく。
「人間だって、豚もヤギも食べるのに、オオカミばっかり悪者って納得いかないよな」
腹が減ったから焼肉でも食べに行くか――そう言い残し、彼は舞台袖へと去っていった。
シュールで、どこかアイロニーの効いた不思議な笑い。それでいて、笑っても笑わなくてもなんだか成立してしまう空気を生み出せるのは、トットさんのSNSで長く出役としても寄り添ってきたマッチだからこそだろう。

一幕:乾杯しよう~今を生きて―歌で紡ぐ人生の景色

マッチの一人コントで空気がやわらいだ会場に、今回の主役・トットさんがステージに姿を現す。
今日この日を迎えられた喜びと、応援してくれている方々への感謝を言葉にしたあと、ライブの幕開けを告げるように鳴り始めたのは「乾杯の歌」だ。
「一番悔しいのは、朝起きて障子の外に積もった雪を見た自分じゃない。今日ここに来られなかったお客さんですよね。だから、今日という日、最高の時間にしましょうね。12年ぶりに雪が降った日、それでも今日のライブに来てよかったと思えるように」
今夜だけの景色を、
今夜だけの時間を、
今夜だけの仲間と味わって
明日へ向かうまで、
理不尽を笑いあって、
乾杯しよう
――「乾杯の歌」より歌詞抜粋
軽快なギターストロークとメロディに乗せて、会場全体が今日という一日に祝杯をあげる。まさに、紆余曲折を経て迎えた今日という日を肯定するような歌だ。
この曲では、ラストにトットさんがその瞬間の想いをアドリブで歌い上げるのが恒例だ。
「絶対に今日という日を、とっておきのステージにしようと思った。だけどね……みんながここにいてくれるだけで、俺は最高になれる」と。

「今日は飛行機で来てくれた人もいるんですよね。この街で一緒に過ごしてくれてありがとう。」厚木の街まで足を運んでくれたお客さんへの感謝を改めて伝えたあと、披露されたのは「小さなこの街で」だ。
小さなこの街で
今日も生きてる
私は上手に笑えてるかな
こないだまでそこにあった
空き地に建つのは
知らない人の幸せの形
――「小さなこの街で」より歌詞抜粋
「マイホームタウンラブレター」と名付けられた今回のワンマンライブ。神奈川県厚木市で生まれ育ったトットさんにとって、厚木市文化会館のステージで「小さなこの街で」を歌う時間は、まさにこの街へ宛てたラブレターそのものだ。
続いて披露された「シンガーソング」と「人生讃歌」では、NPO法人ハイテンションに所属するサックス奏者・酒井真弓さんがステージに加わる。
今日もぼくは歌を歌う。
――「シンガーソング」より歌詞抜粋
ここにきてくれる君に歌う。
声が出ないのなら、心で歌えばいい。
声に出ないほどの、心を歌えばいい。
歌おう、シンガーソング。
やわらかな倍音をまとった伸びやかな歌声に、力強いギターストロークが寄り添う。そこへ酒井さんの高らかなサックスが重なり、天窓から光が差し込むようなサウンドが会場を包み込む。
アウトロでは、ボーカルの「LaLaLa……」という旋律を受け取るように、酒井さんのサックスがその続きを歌う。ふたりのあいだで手渡されたシンガロングのバトンは、やがて会場へと渡り、一人ひとりが楽曲に込められた想いを歌や胸の奥で受け取っていた。
そして続く楽曲は、「人生讃歌」だ。
今日が人生最後の日でも
――「人生讃歌」より歌詞抜粋
あなたに会えて幸せだよ
だから続ける、この人生を
今日より幸せな僕らに逢いにいこう
今日も人生続いたから
あなたに会えて嬉しいよ
だから渡すよ、そしてもらうよ
今日より哀しい僕らにも逢いにいこう
風のようにやさしく流れる酒井さんのサックスは、聴く人それぞれが歩んできた人生の景色に、そっと花吹雪を散らしていく。決して一直線ではない日々のなか、それでも歩みを止めずに生きていくこと。喜びだけではなく、哀しみも抱えながら、人と人がそれぞれの想いを手渡し合って歩いていく――そんな人生の風景が、会場のなかに広がっていくようだった。
ここで、サックス奏者・酒井真弓さんは、会場いっぱいの拍手に包まれながらステージを後にする。満面の笑みで酒井さんを見送るトットさんが、客席に向かってこう問いかけた。
「ぼく、幸せそうでしょ。」
続く楽曲は「幸せ者」だ。
君が哀しくて何も聞こえないなら
――「幸せ者」より歌詞抜粋
僕は歌うから
聞こえないままそこに居て
哀しい、寂しい、ことだけで
世界はできてないと僕は知ってるよ
楽しい、嬉しい、ことだけで
ゆりかごから天国まで行けたらいいのに
でもね
僕はやっぱりそんなの嫌だな
傷跡見せ合い照れる
君に会いたい
「ぼく、幸せそうでしょ。」――この日会場に集まったお客さんは、トットさんがこれまでの人生で、楽しい景色ばかりを見てきたわけではないことを知っている。
「哀しいときは哀しいままでいい。そんなときは、一緒に哀しもう」と、トットさんは「幸せ者」の意味を、楽曲の中でこっそりと教えてくれた。

続くMCで語ったのは、東日本大震災後に陸前高田市の避難所を訪れたときのことだった。
有名でも何でもない自分。それでも懸命に歌を届けたとき、避難所にいた人たちが涙を流しながら拍手を送ってくれたこと。そして「また会おうね」と、やさしい言葉をかけてくれたこと。
「林檎のランプ」は、そんな陸前高田市で出会った景色をもとに生まれた楽曲だ。
ここに根を張り今日も生きている
――「林檎のランプ」より歌詞抜粋
樹々が実らす命の火が
あなたの元に届きますように
日々よ 日々よ 続け続け
今年の林檎もきっと美味しいよ
間奏明け、アカペラでゆっくりと歌いあげる落ちサビ。そしてそこから立ち上がる力強いストロークと歌声が続く展開には、会場から自然と手拍子が湧き起こった。「雨にも負けず風にも負けず、日々を生きる……」そのフレーズに呼応するように、客席からの想いは手拍子として重なっていく。
そしてここで、かつてトットさんが所属していたバンド「POOL-0」のメンバー、稲森光氏がギタリストとしてステージに加わる。

ともに奏でた「レクイエム」は、トットさんが愛する祖母へ向けて、その想いを綴った一曲だ。
棺を取り囲んで 花を手向ける人々
白と黒の服を着ている
誰かが歌う懐かしい歌いつかの子守唄を
怖い夢を見ないように最後にラブソングを
――「レクイエム」より歌詞抜粋
さよなら、また会う日まで
いつか祖母が、自分が安らかに眠れるようにと歌ってくれた子守歌。時が流れ、今度は祖母が穏やかに眠れるように――あの日の子守歌へのアンサーソングとして、ラブソングを届ける。稲盛氏のギターは、その歌をきらびやかに彩った。それは、まるで歌に花飾りを手向けるように。
そしてトットさんは、会場に向けて静かに語りかける。
今日、やむを得ずここに来られなかった人たちから、たくさんのメッセージをもらいました。物理的には空いている席があるかもしれない。でも、今日ここにたどり着けなかった人たちも、きっとこの場所にいるのだと思う。それこそが心なんじゃないかと思います。
もしあなたが「自分の居場所なんて、どこにもない」と感じているのだとしたら、そんなことはないだろ、と思います。少なくとも今、目の前には、あなたに向けて想いを届けたいと願う人がいます。隣には、あなたと同じように、その想いを受け取ろうとしている人がいます。
一緒に生きるとは、きっとそういうことだと思うんです、と。
一幕、最後の曲として披露されたのは「今を生きて」だった。
今を生きて繋げてみてごらん
――「今を生きて」より歌詞抜粋
僕とあなたがここにいるでしょ
辿り着いた今日はどんな日だった
大丈夫、この景色でいいんだよ
今を生きて、今だけでも生きて
大丈夫、本当は足が震えてるけど
それでも今を繋いでみようよ
僕もあなたもまだ生きてるから
それは意図的でもあり、きっと自然でもあるのだろう。トットさんは楽曲のなかで、ときおり会場に語りかけるように歌う。
これまであなたが、どんな景色を見てきたのかはわからない。それでも、今日という日にたどり着いたあなたへ向けて、「今日という日でいいんだよ」「あなたが歩いてきた道はこれでいいんだよ」「いま見ているこの景色でいいんだよ」と、そっと手を差し伸べるように。
その傍らで、稲盛氏のギターが楽曲の隣をやさしく歩く。きらびやかで美しいクリーントーンは、まるで雨粒が静かに降りそそぐような音色。なのに不思議なのは、それがなにも言わずに、ただ隣でそっと寄り添い続けるような音色にも聴こえたことだ。

二幕:変わりもの~がんばれ―生きづらさも抱きしめて生きていく

休憩を挟み、再びステージに灯りがともる。
「ぼくは、ぼくなりの生きづらさを抱えながら生きています。みんなもそうでしょう」
トットさんは、続けて次のように語る。
「世界にはもっと苦しい人がいる」――そんな言葉を向けられると、ぼくは息が詰まりそうになる。だから、自分の痛みは大事にしていい。好きなものも大切にしていい。全部、そのまま抱きしめていい。
抱きしめたものを、お互いに見せ合ったり、ときには隠したりしながら、一緒に生きていきましょうね。
そして再度「今日も、みなさん、ここにいてくれて、本当にありがとう」と丁寧に感謝を伝えた。
2幕の始まりは「変わりもの」「ひと と ひと」「特等席」の3曲が続けて披露された。
どうしたらいいんだ僕は
みんなのパズルの邪魔でもしてるみたいだ変わり続ける君のまま
変わり続ける僕のまま僕らみんな変わり者だね
――「変わりもの」より歌詞抜粋
僕らみんな変わりゆく者だね
それでいいんだね
ひととひとのあいだで生きて
――「ひと と ひと」より歌詞抜粋
ぼくときみとのちがいが怖くて
怖くて怖くて、でも愛してる
変な形と変な色のままで
ただの人間、きっと君も僕も
このイスはね 僕の特等席だ。
居なくなろうとした僕の席だ
生まれてこなけりゃよかったと
言われて泣けなかった僕の席だ
――「特等席」より歌詞抜粋
「変わり者」の後半では、暗い部屋のなかでぽつり、なりたかった自分の姿を叫び続けるようなパートがある。そしてその先に、「でも、僕にしかなれないなら……」と自分を肯定するような展開は、トットさん自身が歩んできた人生や、20年以上にわたる音楽活動の軌跡が重なって見える。
続く「ひと と ひと」では、人と人とのあいだで生きること、自分と他者との違いに戸惑い、ときに傷つきながらも、生きていく姿を、主観的に、そして客観的に「人間」について歌っていく。
「特等席」では、トットさんのライブでいつもステージ上に置かれている椅子が、いつも以上に楽曲と重なって見えた。椅子や席について歌う前半は、アカペラで静かに届けられる。そのぶん、そこにある“居場所”という意味が、いっそう鮮やかに浮かび上がる。後半では力強いギターが重なり、今ここにある景色と、その先の明日へ続いていく暮らしを歌い上げた。

続くライブMCでは、これまで自分の目で見てきた景色を、赤裸々な言葉で語っていく。自分が怖いと思うこと。さらにいうなら自分自身のことが、とても怖かったこと。その心の解決方法は、どこをいくら探してもわからなかったこと。
ぼくもそう。でもたとえ過去を許せなくても、今は違う。もしあなたの心に、許せないことや傷跡、鋭いまま残っている部分があるのだとしても、それでいい。それを抱えたまま、一緒に生きていこう。
かつては、ぼくも、自分の心にある鋭利な部分が怖くて仕方なかった。けれど今では、その痛みさえも神様や誰かから託されたプレゼントのように思える。
「人は誰かを傷つけてしまう存在でもあることを忘れないように――そして同じように痛みを抱える人を、今度は自分が守っていけるように。」と
そんな言葉の先で披露されたのは、「街灯」「プレゼント」「明日もまた」の3曲だ。

あの街灯のようになりたい
誰に褒められるでもなく
朝までただ暗闇を照らせるようにあの街灯のようになりたい
誰に認められるでもなく
――「街灯」より歌詞抜粋
あなたが転ぶその時に見守れるように
お父さんのお使い、もりずみ酒店
タバコキャスターマイルド1つください
偉いねって、いつもアイスをくれた
スーパーカップが今でも好きだ僕はたくさんもらってきたから
君にあげるよ、君にあげるよいつか僕が居なくなったあとも
――「プレゼント」より歌詞抜粋
泣いたり笑ったりできるように
あぁ、それでも
――「明日も、また」より歌詞抜粋
それでも 生きててよかった
昨日までのすべてを
今はまだ愛せなくても
あぁ、命は 怖くて震えるほど
素晴らしい
ついては消えてゆく
灯りのようだとしても

この3曲は、意識して聴いていなければつなぎ目がわからないような、たとえるなら、映画の三部作が続けて上映されたような感覚があった。
「街灯」では、あの街灯のような存在になりたいという願いが歌われる。やさしさや強さに憧れ、その光に少しでも近づきたいと願う気持ちを、やわらかなアルペジオに乗せて届けた。
「プレゼント」では、子どものころに受け取ったものを振り返りながら、その贈り物が今の自分へとつながっていることが歌われる。この日のMCで語られた、「自分が抱えているものは誰かと分け合い、手渡しながら生きていこう」という言葉にも重なる一曲だ。かつて自分が受け取ったプレゼントが、自分の視界を晴らしてくれた。だからこそ、今度は自分が誰かに手渡すものが、その人の未来を照らすものであってほしい――と。
最後の「明日も、また」では、たとえこれまでのすべてのことをまだ消化しきれていなくても、それでもまた明日を生きていくのだ、という意志が歌われる。曲の途中からは吉田康之氏のヴァイオリンが重なり、楽曲に深い陰影を与えていた。その音色は、ゆらゆらと揺れる命の灯のように、そしてそれでもたしかに明日を照らす光のように。会場全体からも、自然と手拍子が湧き上がっていた。
続いて演奏された「いいよ」は、政木アニーさんが歌詞の世界を絵にし、絵本としても出版された楽曲だ。ステージ上では、楽曲に合わせてアニーさん自身が「いいよ」の絵本のページをめくっていくパフォーマンスも披露され、楽曲の物語がやわらかい絵本の世界としても会場に立ち上がっていった。
いつか声がでなくなったら
――「いいよ」より歌詞抜粋
声がでないって笑おう
いつか歩けなくなったら
歩けないって笑おう
いつかトイレに失敗したら
ついに来たかって笑おう
いつかさよならをしたら
またねって笑おう
でも笑えなくってもいいよ
泣けなくってもいいよ
怒れなくてもいいよ
喜べなくてもいいよ
それもあなたならいいよ
それもあなたならいいよ

絵本とヴァイオリンが重なり合うことで、「いいよ」の世界はさらに立体的に浮かび上がっていく。そして楽曲の最後、トットさんは「あなたがいい」と、会場にいる一人ひとりへまっすぐに語りかけた。
その余韻のなかで、トットさんは「最後に歌いたい歌がある」と静かに告げる。そしてギターも歌も、生音へと切り替えた。
「“がんばってね”と、適当な気持ちで言うのは嫌なんです。のどが千切れるほど、全力で歌います」
そうして披露されたのは、「がんばれ」だった。
がんばれ、君よ
がんばれ、あなたよ
がんばれ、お前よ
がんばれ、彼よ彼女よ
一寸先が闇なら
生きる命は全部光だ
輝け、今日も逃げ出したいよな
――「がんばれ」より歌詞抜粋
投げ出したいよな
消し去りたいよな
それでも立ち向かうなら
客席からの割れんばかりの手拍子に乗って、全身全霊の歌声がホールを満たしていく。
そして最後、マイクを通さずに届けられた「がんばれ」という言葉がホールに響き渡ったあとに待っていたのは、手拍子の音を上回るほどの会場からの大きな拍手だった。
アンコール:ごちゃまぜの歌―一人ひとりの音が鳴る

「アンコールは用意していました。ありがとうございます。」二幕終演後、鳴りやまない拍手に応えるように、トットさんは冗談を交えながら、再びステージへと姿を現す。
会場では、トットさんの活動20周年を祝う万歳三唱が響きわたり、あたたかな祝福の空気に包まれた。

そのあと、アンコールで披露されたのは「ごちゃまぜの歌」。
演奏に先立ち、会場には「楽曲に合わせて、それぞれ好きなもので音を鳴らしてください」とトットさんからアナウンスが入る。
あか あお きいろ まる ばつ しかく
ぼく きみ あの子
みんな違うね みんなきらきらだね
だからみんなでお祭りさ
ごちゃまぜフェスだよ
ごちゃごちゃだね
まぜまぜだね
なんだか楽しいね
――「ごちゃまぜの歌」より歌詞抜粋
照明で明るく照らされた会場には、未就学児から学生、高齢の来場者、車椅子の方の姿もある。会場全体で歌い、音を鳴らし、笑い合う時間。一人ひとりがかけがえのない主役、それでいて、それぞれが「ここにいること」を感じられる時間だった。
そして、会場の一人ひとりの音が重なって完成する音楽は、トットさんが長い年月をかけて追い続けてきた「あなたの居場所は必ずある」という言葉が、音楽というかたちをとって、表現された瞬間でもあった。
トットさんはいつものように黄色い服をまとい、くしゃくしゃの髪で、最後まで全力で歌を届ける。
今日ここにたどり着いてくれた人たちの顔を見つめながら。そして同時に、今日ここに来られなかった人たちの存在もまた、空席のひとつひとつに重ねながら。
20周年を記念したワンマンライブを終えて―これからの活動
20周年という節目のワンマンライブは、大きな到達点であると同時に、一つの区切りでもあったのかもしれない。
トットさんは今後、しばらく大規模なワンマンライブの開催を控えるという決断をしている。それは活動を縮小するという意味ではない。むしろ、音楽を通して見えてきたものを、より具体的な形で社会へ渡していくための選択だ。
これまで歌い続けてきたテーマは一貫している。
「居なくなっていい人なんていない」
「人の居場所は、必ずどこかにある」
そして、ライブ会場で、トットさんが何度も、何度も、口にしていた言葉がある。
「ここに居てくれてありがとう。」
会場から出ていくお客さんがみんな笑顔だったのが印象的だ。それは特別な一日が終わったという風景というよりも、明日もまた、そしてこれからも続いていく物語の始まりのようでもあった。

ライターあとがき
トットさんと初めて出会ったのは、今から7、8年くらい前でしょうか。そのとあるライブハウスには、お客さんは片手で数えても指が余ってしまうほど。音楽的な意味合いでの演奏スタイルは今とずいぶん違っていたけれど、「人の居場所を証明したい」という想いは、その時からずーっとお話されていました。
あの時と変わったのは、さらにまんまるになったこと。そして、よく笑うようになったこと。
トットさん音楽活動20周年おめでとうございます。会場に集まってくれたお客さまも相変わらずとてもあたたかく、そして、その想いに真正面から答える素晴らしいワンマンライブでした。
(ライブレポの際にライブ音源を聴きなおしているとき、MCと楽曲に込められた想いを受けて、不覚にもまた泣きそうになってしまいました、なんてうそうそ。)

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