
赤い傘がかかる扉を開けると、そこには傘だけでなく、雨をコンセプトにした絵や本、カフェメニューが並ぶ。浜松、萩丘にある「アメオト舎」は、今年で10周年を迎えた。
傘が並び、絵本が置かれ、カフェメニューが楽しめる。そして、時折ライブバーにもなるこの場所は、単なるお店という言葉では収まりきらない。
「傘を畳もうとした夜もあった。」決して順風満帆ではなかった10年という時間の先で、店主の奈美さんが見たものはいったい何だったのか。
「それでも雨の先には、きっと虹がかかる」
~「アメオト舎」10周年記念インタビュー~

長かったような、一夜だったような―10周年を迎えたアメオト舎

――まずは、アメオト舎10周年、本当におめでとうございます。率直に振り返ってみて、10年は長かったですか?それとも短かったですか?
奈美さん
長かったような気もするし、一夜だったような。なんだか不思議な感じ。
――10年前の「オープン前日」は、どのように過ごしていたんですか?
奈美さん
アメオト舎オープンの前夜は、集まってくれたみんなで「前夜祭」をしてたね。旧暦の元旦にオープンしたから、前夜は大晦日だった。だから、お蕎麦をオーダーしてね。年越しそばって意味で。
「奈美さん、いよいよ明日だね~」なんて、話していたかな。
雨の日が好きだった幼少時代―「アメオト舎」という名前の由来

――「アメオト舎」という名前、すごく印象的ですよね。由来を教えてください。
奈美さん
「雨の日が好き」っていうのはそうなんだけど、もっというと「雨の音」が好きなんだよね。
色や匂いも好きなんだけど、とくに私は何かにぶつかって弾ける雨音が、昔から好きだった。
――昔から、というのは?
奈美さん
実家が農林業だったから、雨が降ると仕事が休みになることが多かった。だから雨の日は親戚のおじさんおばさん、父の仕事仲間が集まって宴がはじまってね。大皿にのった母の手料理がズラリと並んで。
子どものころの私は、雨が降ると賑やかになるお家に帰るのが楽しみだったな。
心は晴れますように―お店を開いた理由

――雨が好き、という気持ちから、「雨をコンセプトにしたお店を開こう」という考えには、どのようにつながっていったんですか?
奈美さん
雨の日が楽しみになるように、でも心に雨が降る日には、気持ちが晴れるようなお店を作りたい。って思ったんだよね。
以前、中学校の保健室の仕事をしていたときにね、人には「心のお天気模様」があるんだなって思ったの。子どもも大人も、心が晴れの日もあれば、曇りや雨の日もある。
ただ、雨のあとには虹が出るように、つらい時期のあとに新しい景色が見えることもあるんじゃないかなって。それは、自分の経験でも感じてたから。
――奈美さんご自身にも、心に雨が降っている時期があったんですね。
奈美さん
あったね。30代くらいかな。生活のこと、離婚のこと、いろいろ重なって、悩んでいた時期があった。
それこそ、布団の中で動けなくなっちゃうような状態が続いちゃっていてね。
台風みたいに一気に過ぎ去ってくれたらいいのに、しとしと雨が何年も続く感じで。
――心に雨が降り続ける時間から、抜け出せるようになったきっかけはあったのでしょうか。
奈美さん
親しい方とのお別れが続いたときに、命って与えられているんだなって思ったの。命には始まりがあって、必ず終わりがやってくる。そのときに「あぁ、心の曇り空の時間が長いのって、もったいないな」って。
それで、自分の中で決めた。「次の雨が降ったら、このモヤモヤした気持ちを忘れよう」って。……もちろん、それでも引きずるんだけどね(笑)。
あと、雨の日って、「損した」って思う人も多いじゃんね。私は逆で、「雨の日もいいのに!」って思う。
晴れの日だけじゃなくて、雨の日も人生のなかで同じように大切な一日だなぁって思うから。
雨音がよく聴こえるように―わずか1.5坪のトタン屋根のお店からはじまった

――最初のお店は、トタン屋根で、わずか1.5坪のお店だったとか。
奈美さん
実家の隣にある茶工場がトタン屋根だったから、雨が降るとよく雨音が聞こえた。その感覚が、昔から好きだったんだと思う。
だから最初から、トタン屋根のお店を探してた。それで見つけたのが、あの1.5坪のお店だね。3、4人入るともういっぱいみたいなね。
たぶん、日本一といってもおかしくないくらい、小さなお店だったんじゃないかな。

――最初のお店のときから、店内に並んでいるのは傘だけではなかったんですよね。
奈美さん
そう。最初は、オーダーメイドの傘と文房具のお店だった。
雨の日って、紙とペンを持ちたくなるんだよね。多分、私が子どものころ、雨の日になると妹と郵便屋さんごっこをしていたからかも。
――カフェメニューなどは、2店舗目に移転してから?
奈美さん
そう。雨をコンセプトにしたカフェメニューはもともと出したかった。
雨色ハーブティーとか、てるてる坊主クッキーとかね。それはやっぱりさ、心が晴れるように。っていうささやかな祈りがあるの。
あと、郵便屋さんが来ないポストを置いたりね。お茶を飲みながら、ゆっくりお手紙を書くって感じで。
移転は2回して、今は3店舗目だけど、「ゆっくり、雨宿りできますように」っていうコンセプトはずっと変わってないかな。


――今では入り口にかかっている赤い傘が、アメオト舎の象徴にもなっていますよね。
奈美さん
赤い傘は、オープンの日にプレゼントしてもらったもの。
私の中では、赤い傘は、「始まりの象徴」みたいな存在。今でも赤い傘がドアにかかっていると、「今日は営業していますよ」という合図にもなっていてね。

一日の売り上げが50円でも、苦じゃなかった―お店が10年続いた秘訣とは

――お店が10年続いた秘訣を、今振り返ってみてどう感じていますか?
奈美さん
秘訣っていうほどのものはなくてね。やめるという選択肢がなかっただけだと思う。
――それだけ、この場所が好きだった、ということでもありますよね。
奈美さん
うん。好きなんだと思う。
あ、あと、私ね、「待つ」のが好きなんだよね。
最初のころなんか、一日中ずっとお客さんを待って、売り上げが消しゴム一個50円、なんて日もあった。それでも全然苦じゃなかった。商い的にはそんなんじゃダメなんだけどね。(笑)
それでも続いたのは、モチベーションがあったからというより、いい人と出会えたからだと思う。

アメのオトが降った瞬間―音楽ライブが始まった日

――アメオト舎は、ミュージシャンにも愛されている場所ですよね。傘屋さんでライブをやろうと思ったきっかけは、何だったのでしょう。
奈美さん
もともとのきっかけは、移転オープン記念のお祝いのサプライズだったの。突然私の好きなミュージシャンさんが、お店でライブをやってくれて。
そこから、少しずつライブが増えていった感じかな。お店を「音が降る場所」にしてもらった。
「アメオト舎」っていう名前とつながったな、って思った瞬間でもあったね。お店の名前だけ見ると、最初からライブありきでつけたみたいに思う人もいるかもしれないけど、もともとは違ったんだよね。
お店に来てくれたミュージシャンさんの曲や言葉にも、たくさん励まされてきたなぁ。
旅する赤い傘―これからの10年に描く景色
――これからの10年で、やってみたいことはありますか?
奈美さん
赤い傘を持って、旅をしてみたい。
この10年間はお店とライブハウス、スーパーくらいしか行ってなかったから。これからは日本の上から下まで、少し旅をしながら、雨の景色を絵に描いてみたい。
赤い傘と一緒にね。赤い傘は、もうトレードマークだから。あと、10年間焼き続けてもらっているクッキーと、コーヒーを持って。
前に常連さんから、「奈美さん自身がアメオト舎だよ。だから奈美さんが赤い傘を開いた場所がアメオト舎だね。」って言ってもらったことがあったから。

この扉を開けてくれた人と、生きていく―読者へのメッセージ

――最後に、この記事を読んでくれた方へ、メッセージをお願いします。
奈美さん
本当に、ご縁がありがたいなって思っています。
常連さんは知っていると思うけど、私は本当になんにもできない。レジは何回も打ち間違えるし、買い出しを忘れててお客さんに店番をやってもらったことも数えきれないくらいある。
ライブだってミュージシャンの方が、設営や片付けまで全部やってくれている。みなさんに助けてもらっていると思う、本当に。
さっき「やめる選択肢がなかった」って言ったんだけど、それでもやっぱり色々なことがあって、一度だけお店の傘をそのまま畳んでしまおうかと思ったこともあった。
そういうときでもお店に来てくれた方の言葉が、いつも私に元気をくれた。だから、本当に人に支えられているって思っています。
未完成な日々が今、こんなにも愛しく感じられるのは、支えて育ててくださった皆さまのおかげ。
そうそう。お店を始めたときにね、一つ決めたことがあったの。
「私はこれから、この扉を開けて来てくださる方と、生きていくんだ」ってね。
だから、10年前にお店を始めるときに、今までの連絡先もほとんど全部消しちゃったんです。まぁちょうどケータイを水没させちゃったのもあったんだけど。(笑)
近くの人だけじゃなくて、遠くの人もね。離れていても、同じ空の下で雨が降っている。同じ雨の音に、みんなで耳を傾けて生きてるんだと思う。
だからね、雨の日も、楽しく生きましょうね。きっと心が晴れますように。
「雨が降ると、アメオト舎を思い出す」
そう言ってもらえるのが、一番うれしいかな。それが、いちばんの褒め言葉かしら。
あ、あと、最後に。なんだか傘に入っているときって、なにかに守られているような感じがするんだよね。そのときに、今まで私のことを守ってくれた両親のこと、お友達のこと、お客さんのことを思い出す。
あと、自分にも守りたい子どももいたからね。子どもたちには、小さな傘で悪かったなぁって思うけど…。
だから、傘を差すといつも「ありがとう」って気持ちでいっぱいになるんだよね。
本当に来てくれて、ありがとうだよ。
お客さんも、ミュージシャンさんも、みんな。
ライターあとがき
インタビュー後…、奈美さんがぽつりとこぼしたセリフが印象的でした。
奈美さん
ーーーなんかね。お話をしながら、ふと気づいたんだけど、
もしかしたら私、アメオト舎のことを『お店』だと思っていないのかもしれない。

おわり
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